Ureshino Athleteとは
「よりよい人生をスポーツとともに」を理念に設立したスポーツクラブです。
まずは、私の得意なスポーツ ランニング 事業から活動しつつ、本クラブの活動を通して地域貢献も積極的に行っていきます。
将来的には、
①子どもが安心して楽しく友達と遊べる環境づくり
②子どもが好きなスポーツをやれる環境づくり
③子どもがスポーツで夢を追い続けられる環境づくり
④現役を引退したアスリートが嬉野で働ける環境づくり
と、夢を語りだしたら止まりませんが、最終的な私の夢は上記を実現して、嬉野で育った子がテレビの画面越しで活躍するのを嬉野の居酒屋で観ることです。
その第一歩として、まずはランニングを通して、一人でも多くの方の人生をよりよくしていきます。
【代表の紹介】
下田 貴志:Shimoda Takashi
佐賀県嬉野市出身 1990年1月生まれ
轟小学校→嬉野中学校→鹿島実業高校商業科→流通経済大学スポーツ健康科学部→嬉野市役所→黒川整形外科クリニック→UA代表
小学生:3年間沖縄に転校し毛濃ゆくなる。小5から野球部に所属
中学生:野球部に所属。3年時に駅伝の助っ人で走り地区駅伝1区区間賞
都道府県対抗駅伝佐賀県代表候補選手に選ばれ、駅伝強豪校から推薦をいただくも
「まだ野球をしたい」と一般入試で鹿島実業高校へ進学
高校生:野球部に所属。最後の大会は県ベスト4
(佐賀北高校が全国優勝した年代。準決勝で隣の鹿島高校にサヨナラ負け)
大会終了後は陸上部に所属し、4か月で5000m14分57秒、5か月で10km30分50秒を記録
都道府県対抗駅伝佐賀県代表候補選手に選ばれ、陸上の推薦で流通経済大学に進学
大学生:順調に記録が伸び、1年時に5000m14分39秒、10000m29分37秒を記録
箱根駅伝予選会で20km62分18秒を記録し、関東学連選抜に選ばれる
関東学連選抜では川内優輝選手とチームメイトになり、そこで実力差を見せつけられ
「自分にはあそこまではなれない」と限界を感じ、2年時に陸上部を退部
その後は学業に勤しみ、JOCでのアルバイトも経験
卒論は「バンクーバーオリンピックメダリストに対するワールドカップ成績の比較分析」
社会人:嬉野市役所に入庁し9年間勤務。県内一周駅伝嬉野・太良代表選手として市民ランナーとなる
その間、適応障害を2回発症しやむなく退職
「自分が健康な時はどんな時だろう」と振り返った時、「ランニングしている時」が答えと気づく
ランニングが私の健康と、仕事では得にくい達成感を与えてくれてました
そんな「ランニング」をもっと多くの人に広めて、より多くの人に幸せになってもらいたい
その想いから Ureshino Athlete を設立しました
所有資格:中高保健体育教員免許、JAAF公認ジュニアコーチ、ランナーズマイスター、
日本スポーツ協会アクティブチャイルドプログラム講師資格、日本将棋連盟段位5級
【ロゴについて】
嬉野市上不動地区にある千室神社のクスノキ(樹齢800年)を基にしました
このクラブも地域に深く根付き、何十年、何百年と育ち続け、
嬉野を見守り続ける存在になりたいという想いでロゴをデザインしました
「スポーツでよりよい人生を」をテーマに、スポーツで心身を満たしていきます